介護福祉士持ちのITエンジニアが語る。介護現場という『巨大なレガシーシステム』をDXできるか?

日笠泰彰の記事

介護現場は「技術負債」の塊だった

IT業界では、古くて保守が困難なシステムを「レガシー」と呼びます。私が介護の世界に足を踏み入れて驚いたのは、そこが想像を絶するレガシーの集積地だったことです。

  • データ構造: 24時間のバイタル記録が「手書きの紙」で管理されている。出勤打刻も神のタイムカードでガシャん!!
  • 通信プロトコル: 緊急連絡が「内線電話」と「叫び声」で行われ、非同期コミュニケーション(チャット等)が存在しない。
  • インターフェース: 介助の手を止めて記録を書くという、極めて「ブロッキング(待機)」が発生しやすいUI。

エンジニアから見れば、これは現場スタッフの努力不足ではなく、「システム設計のミス」によってリソース(体力と精神)がメモリリークを起こしている状態に見えます。

「介護DX」は失敗するのか?

多くのIT企業が介護ソフトを投入しては、現場で使われずに放置されています。その理由は、エンジニアが「現場のコンテキスト」を無視して、オフィスで使うようなUIをそのまま導入しようとするからです。

1. 入浴中にキーボードは叩けない

介助現場は常に水や汚れと隣り合わせです。iPadを1台導入したところで、手袋を外して、手を洗って、ログインして……という工程は、現場では「致命的なレイテンシ(遅延)」となります。

2. 「ポエム」という名の非構造化データ

多くの記録が「今日は顔色が良さそうだった」といった自由記述です。これでは解析も予測もできません。DXの第一歩は、こうしたデータを*構造化(数値化・タグ化)」し、エンジニアリング可能な状態にすることから始まります。

エンジニアリング的思考で「介護」をハックする

では、具体的にどう「実装」すべきか。私が考える、介護×ITの現実的なプロセスです。

① 電話を捨て、非同期通信を実装する

介護現場の疲弊の大きな原因は「割り込み処理」です。作業中に電話や呼び出しで手を止められることで、集中力が削削がれます。これをチャットツールによる非同期通信に変えるだけで、現場のスループット(処理能力)は劇的に向上します。

② IoTによるオートスケーリングな見守り

「巡回」という定期実行タスク(Cron)を、センサーによるイベント駆動(Event-driven)に変えます。何もない時は動かず、異常検知(アラート)時のみリソースを割く。これだけで夜勤の負担は半分以下になります。

③ 「標準化」という名の最強の武器

「あの人じゃないと分からない」という属人性を排除し、ケアの工程をモジュール化して共有する。GitHubでコードを共有するように、**「最適なケアの仕様書」**を現場全体でバージョン管理していく。これこそが、エンジニアリングの真髄です。

最後に:ITは「優しさ」を捻出するためにある

介護におけるDXの目的は、AIが人を置き換えることではありません。 「誰にでもできる作業(転記、移動、確認)」をプログラムに任せ、人間にしかできない「共感」や「対話」のためのリソースを確保することです。

SecondPathが目指すのは、ただの効率化ではありません。 テクノロジーという盾で現場のスタッフを守り、彼らが「心」を使い果たさないための防空壕を作ること。

「介護の世界をITにできるか?」 答えはYESです。ただし、それは冷たい自動化ではなく、人間の手の温もりを残すための、最高に「温かいエンジニアリング」であるべきです。

著者プロフィール

日笠泰彰
ITエンジニアとして活動し、RailsやNext.jsを中心としたモダンなWeb開発を得意とする。